なぜアメリカでDE&Iは廃止され始めたのか?マクドナルドやメタも見直すDE&Iバックラッシュ

2025.07.10

DE&I(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)は、企業や教育機関において多様性と公平性、包摂性を重視する潮流としてヨーロッパを中心に世界的に広がってきました。アメリカでも、マクドナルドやウォルト・ディズニー、メタ、アマゾン、グーグルといった大手企業が積極的に推進してきた実績があります。しかし2025年にトランプ大統領が就任するとその流れに陰りが見え始め、アメリカでは「DE&Iを見直す」「廃止する」といった動きを見せる企業が生まれています。背景には、アファーマティブ・アクション違憲判決や政治的な対立があり、「バックラッシュ」も起こっています。本記事では、DE&Iの基本概念を整理しながら、なぜ今アメリカでバックラッシュが起きているのか、そしてその流れが日本にどのような影響を及ぼすのかを掘り下げていきます。

DE&Iとは何か?その目的と広がり

DE&Iとは、「Diversity(多様性)」「Equity(公平性)」「Inclusion(包括性)」の頭文字をとった概念で、企業や組織における人材の多様性を尊重し、すべての人が公平に扱われ、安心して活躍できる環境づくりを目指す取り組みを指します。

アメリカでは、人種・性別・性的指向・障がいの有無などによる不平等を是正するため、法制度と連動しながら企業・教育機関が積極的に推進してきました。DE&Iは単なる道徳的配慮ではなく、企業の競争力を高める経営戦略としても位置づけられており、多様な人材による多角的な視点は、意思決定の質向上やイノベーションの促進にもつながるとされています。

こうした背景から、Googleやマイクロソフトなど多くのグローバル企業が取り組みを拡大し、制度の導入や研修、採用方針への反映が進められてきました。DE&Iはもともと差別解消を目的とした社会的要請から始まりましたが、今や持続可能な経営に欠かせない視点とされ、世界中に広がり定着してきたのです。

アメリカでは、DE&Iを見直す企業が増えている

ここでは、マクドナルドやディズニー、メタ、アマゾン、グーグルなど大手企業がDE&I施策を見直し始めた実例について紹介していきます。

マクドナルド、ディズニーによる方針転換の動き

かつてDE&Iを積極的に推進してきたアメリカの大手企業マクドナルドとディズニーは、近年その方針を見直し始めました。マクドナルドは、経営幹部の多様性に関する目標を撤廃し、一部の多様性プログラムを停止するなど、DE&I施策の規模を縮小しました。

一方ディズニーも、映画やテーマパークにおいて多様性表現を強化してきましたが、保守層からの激しい反発を受けるようになりました。近年のディズニーの姿勢は「行き過ぎたポリティカル・コレクトネス」と批判され、顧客離れや業績への影響が懸念される事態となったのです。これを受けて、ディズニーは一部のコンテンツ制作における表現方針を修正し、バランスを取る姿勢を強めています。

この2社の動きは、企業がDE&I推進と社会的評価の間で微妙なバランスを模索していることを象徴しています。

メタが採用活動から多様性指針を除外

Facebookを運営するメタも、DE&Iの見直しに踏み切った企業の一つです。メタはこれまで、多様性に配慮した採用基準を設け、性別や人種などの構成比に関する数値目標を掲げてきました。しかし、近年のレイオフ(大規模人員削減)や事業再編を進める中で、こうした目標を維持することが困難となり、採用における多様性指針の廃止が検討・実施されました。

アマゾン・グーグルも追随する業績重視の転換

アマゾンとグーグルもまた、DE&Iプログラムの見直しを進めている企業として注目されています。アマゾンでは、近年の業績悪化とインフレ対応を背景に、大規模な人員整理を実施しました。その中で、DE&I関連部署の統廃合や専任スタッフの削減が行われ、現場主導型の運用に移行する動きが見られました。グーグルも同様に、全社的なリストラに伴い、DE&I関連の取り組みや研修体制の縮小を発表しています。

社会・政治的背景にある「DE&I撤退=バックラッシュ」

アメリカの大手企業がDE&Iを縮小させるのはなぜなのか? ここでは、アメリカ社会で起きているDE&I見直しの政治的・法的背景について詳しく解説します。

アファーマティブ・アクション違憲判決の衝撃

2023年6月、アメリカ連邦最高裁判所は、大学入試において人種を考慮するアファーマティブ・アクションの運用を「憲法違反」とする判断を下しました。この判決は、ハーバード大学などの一流大学における入学選考がアジア系学生に不利に働いているとする訴訟をきっかけに出されたもので、人種に基づく優遇措置全体に対する法的根拠を大きく揺るがす結果となりました。

アファーマティブ・アクションは、DE&Iの理念を具体的に実行する制度の一つであり、歴史的に不利な立場に置かれてきた人々への機会提供を目的としてきました。しかし、この判決以降、大学に限らず企業における多様性施策も「公平性」や「法的中立性」との整合性が問われるようになり、制度見直しの流れが加速しています。この保守的な司法判断が、米国企業のDE&I施策の見直しのきっかけとなっているとされています。

トランプ政権によるDE&I連邦プログラムの廃止命令

2025年、アメリカ大統領ドナルド・トランプ氏は、連邦政府におけるDE&I施策を制限・停止する大統領令に署名しました。これは、連邦雇用慣行は個人の積極性や技能、業績、勤勉度に基づくべきだという政治的スタンスに基づいたものと発表されています。

この大統領令は、DE&Iが単なる組織の倫理的課題ではなく、保守・リベラル間の価値観の対立軸に組み込まれつつある現実を象徴しています。この大統領令の影響は大きく、連邦機関のみならず多くの企業がDE&Iのあり方について再検討を始めるきっかけとなりました。アメリカでは現在、政治的圧力によってDE&I推進が「リスクの高い行為」として扱われるようになり、企業は世論や政府方針の変化に過敏にならざるを得ない状況に生まれています。このように、政権のイデオロギーがDE&Iの継続性に直結する状況は、組織が中立性を保つ難しさを浮き彫りにしています。

「逆差別」論と保守層からの批判の高まり

DE&I施策に対して「逆差別ではないか」とする声は、アメリカの保守層を中心に近年強まっています。特定の人種や性別、性的指向に配慮することで、他の属性に属する人々、特に白人男性が不利になるという認識が広がっており、この考え方は一部のメディアや政治家によっても繰り返し強調されています。

たとえば、「多様性のための採用」が実力主義に反するとして、不公平感を訴える従業員や学生の声も報道されるようになりました。さらにSNSでは「DE&I=過剰な配慮」「職場におけるイデオロギーの押し付け」といった批判が可視化され、世論を二極化させる要因となっています。こうした反発は、企業にとってDE&Iを推進することで保守層などの一部顧客や従業員との関係を悪化させるリスクを意味しており、DE&Iを「見直す」選択を取る企業が増える背景ともなっています。逆差別というフレームは、DE&Iの理念そのものの価値を損ね、企業活動の自由度や正当性に対する疑念を生じさせる温床となっているのです。

選挙・文化戦争の中でのDE&Iの政治化

アメリカでは近年、DE&Iが「文化戦争(culture war)」の主戦場の一つとされるようになってきました。とくに大統領選挙や中間選挙を控える時期になると、政治家たちはDE&Iを支持・反対する立場を明確に打ち出し、有権者の分断を煽る材料として利用しています。

保守派はDE&Iを「左派的価値観の押し付け」と批判し、教育現場や企業活動からの排除を主張する傾向にあります。一方、リベラル派は社会的公正の実現に向けた不可欠な枠組みとして擁護し、議論は激しさを増しています。企業にとっては、こうした政治的対立に巻き込まれること自体がブランドリスクとなるため、積極的なメッセージ発信を控えたり、施策を表立って実施しなくなる傾向が強まっています。

選挙をめぐる文化戦争の激化は、DE&Iという本来中立的な概念を政治的文脈に引き込み、結果としてその実行力と持続性を損なう要因となっています。政治化されたDE&Iは、企業にとって「リスクの象徴」となりつつあるのです。アメリカの企業は、政治に翻弄される中、自社が目指す経営のあり方との間で葛藤が産まれている状況にあるといえます。

DE&I見直しで企業が抱える新たなリスク

DE&I施策を廃止・後退させることが、企業にとってどのようなリスクをもたらすのか、ブランド・採用・競争力の観点から整理します。

イノベーションや競争力の低下リスク

DE&Iの本質的な意義の一つは、異なる価値観や視点を持つ人材を組織に迎え入れることで、問題解決力や創造性を高めることにあります。多様なバックグラウンドを持つ人々が協働することで、新しい発想や製品が生まれやすくなることは、多くの研究でも示されています。したがって、DE&Iを見直すことは、組織におけるイノベーションの源泉を自ら閉ざす行為となりかねません。

たとえば、チームが同質的になることで“集団思考(グループシンク)”に陥りやすくなり、変化や課題に対する対応力が鈍化する恐れがあります。また、多様性を重視する取引先や投資家との関係にも悪影響が及び、競争環境の中で選ばれにくくなるリスクもあります。短期的な合理化を優先した結果、企業としての成長余地や柔軟性を犠牲にしてしまうケースは珍しくありません。DE&Iは単なる倫理的概念ではなく、企業の持続可能な発展に不可欠な基盤なのです。

多様な人材の流出・採用難

DE&Iの見直しは、企業の人材確保にも大きな影響を及ぼします。多様性に配慮した職場環境が整っていることは、女性・LGBTQ+・障がい者・外国人など、さまざまなバックグラウンドを持つ人材にとって職場選びの重要な条件です。そのような環境が失われる、あるいは軽視されていると認識されれば、既存の多様な社員が離職を選択する可能性が高まり、同時に優秀な新規人材の獲得も難しくなります。

また、従業員エンゲージメントの低下も無視できません。心理的安全性が担保されない職場では、意見が出にくくなり、組織全体の活力が失われていきます。特にDE&Iを積極的に推進してきた企業ではその方針転換が組織の内部・外部に強く伝わるため、イメージと直結した採用難や、企業姿勢への信頼低下による優秀人材の流出を引き起こす可能性もあります。労働市場が多様化し続ける中で、多様な人材を受け入れる体制を手放すことは、長期的に競争力を弱めるリスクに直結します。

ブランド毀損と「イメージ後退」

DE&Iの施策を見直す企業は、その代償としてブランド価値の低下という大きなリスクを背負うことになります。多様性や公平性を尊重する企業姿勢は、現代の顧客や投資家にとって重要な判断基準であり、それを明示的に放棄したと受け取られれば、企業イメージは「時代に逆行している」と認識されかねません。とくにグローバル企業や若年層向けブランドにとって、社会的価値との整合性は競争力の源泉であり、これを失うことは市場でのポジションを自ら下げることを意味します。

また、メディアやSNSを通じたイメージ悪化が一度広がれば、失った信頼の修復には多大な時間と費用がかかり、結果として一時的な合理化以上の損失を招く恐れがあります。DE&I施策の縮小は、単に制度をやめるという行為にとどまらず、企業としての信念やビジョンが問われる行動でもあるのです。

アメリカのDEI廃止傾向に対する日本への影響

日本企業の間でもDE&Iに関する取り組みは浸透しつつありますが、世界的に見ると日本でのDE&Iは実態として、まだ始まったばかりでありスタートラインにいるのが現状です。DE&I推進の方針表明が出されたり情報開示がされたりしていても、現場での文化変容や制度改革が伴っていないことが多く、従業員への浸透だけでなく、本来の目的である「真の組織変容」まで到達できていない取り組み初期の段階といえます。こうした中で、欧米のDE&I見直しの動きが日本に伝わると、「うちもやめていいのでは」という空気が生まれやすくなります。

しかし、これこそが、理解不足の象徴的な動きといえます。そもそも日本ではDE&Iの本質が十分に理解・浸透されていないため、表面的な模倣や撤退は、かえって企業文化の混乱や社会的評価の低下を招くリスクがあります。また、前述したとおり、DE&Iを行わないことで企業には相応のリスクが発生します。米国の動きを注視しつつも、日本企業は「なぜやるのか」「どのように定着させるのか」といった根本的な目的意識を持つことが不可欠です。そうでなければ、DE&Iは単なる一過性の流行で終わってしまうでしょう。

とくに日本の職場文化は同質性が高く、グループシンクによる経営上のリスクが指摘され、また、多様な人材が力を発揮できる環境が整っているとはいえない現状です。これらのリスクを解消するにはDE&I推進が必要不可欠であり、DE&Iを推進するためには、なぜDE&Iが必要なのか、何のために実施するのか、どんな効果が期待できるのかを丁寧に説明し、全員が納得できる状態を作ることが肝要です。このようにDE&Iを本質的に推進するには、現場任せのボトムアップでは限界があります。制度や風土を変えるには、経営層からの強い意志と明確な発信によるトップダウンのリードが不可欠です。特に管理職層の意識改革と目に見える行動が、全社的な変化を促進し、DE&Iを組織に根付かせることにつながります。

アメリカにおいてDE&I施策の転換点が見えつつある今こそ、日本企業は持続可能な形で多様性を根付かせる戦略を構築するべき時です。

アメリカのDE&I傾向から得られる日本企業への示唆

アメリカにおけるDE&Iを取り巻く潮流は、大きな転換点を迎えています。アメリカでは大手企業の施策見直しや最高裁の違憲判断が象徴するように、多様性・公平性・包摂性の推進がある種の転換点を迎えています。

しかし、だからといってDE&Iが不要になったわけではありません。ここまでご説明してきたとおり、日本とアメリカの状況は大きく異なります。目まぐるしく動く国際情勢とそれに対応する米企業の動きを横目に捉えながらも、それに翻弄されることなく、自社の経営、自社の組織づくりに関して、しっかりと言語化し、意思を持った取り組みを行う好機とも言えます。日本企業は今、従業員や社会との対話を通じて、自社にとってのDE&Iの価値を見つめ直す必要があります。自社のスタンスを明確にし、意思を持って経営や組織づくりに取り組む姿勢は、従業員やステークホルダーからの信頼を一層深めることにつながるでしょう。

もし、自社でDE&I施策を推進するにあたり課題を感じている場合は、コンサルティング会社に相談してみてはいかがでしょうか。ウーマンズリーダーシップインスティテュートは、DE&I(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)に特化したコンサルティングサービスを展開しています。丁寧なヒアリングとリサーチを通して企業の課題を深堀りし、DE&I意識調査、研修の実施、e-Learningの提供、スポンサーシップ制度構築など、それぞれの企業に合わせた最適なアプローチで、DE&Iの課題を解決していきます。初回の相談は無料なので、ぜひお気軽にお問い合わせください。

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